エドウィン・コパードについて

 

英国ベックナム(Beckenham)生まれのプロミュージシャン、セミナー講師。

 

カナダでプロデビュー。1970年代に活躍したヒットメーカーとして知られる。プロ・ミュージシャンとしてキャリアを重ねる傍ら、目には見えない人の感情や意識など、東洋的な知識に強い関心を持つ。

 

のちにビートルズやビーチボーイズなど各界の著名人に瞑想を授けたマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーから直接、瞑想教師になるための指導を受け、世界で最も実践されているTM超越瞑想の教師となる。

 

音楽的な背景、ボディヴォイス、生理学、元型心理学の知識を統合したこれまでのセッションの実績が各界から注目を浴び、世界No.1コーチと呼ばれるアンソニー・ロビンズ氏に請われゲスト講師として度々招かれるようになる。

 

1992〜2004年、Life Masteryという8日間4000名の参加者が世界中から集まってくるセミナーに毎年登壇。期間中は膨大な数の個人セッションも行い、セミナー講師として10万時間以上のキャリアを持つ。

 

 

(ノルウェーの首都・オスロでのセミナーのダイジェスト動画)

 

 

累計1億部超の世界的ベストセラー「こころのチキンスープ」著者、マーク・ビクター・ハンセン氏のセミナーで講師を務めたり、ブライアン・アダムスをはじめ多くの著名なプロ歌手のボイストレーニングを行うなど、活動は多岐にわたる。

 

日本では、2004年よりジェームス・スキナー氏の6日間に渡るセミナーにゲスト登壇。期間中ほぼ毎日登壇し、セミナー成立に欠かせないタレントとされる。

 

エドウィン・コパードがゲスト登壇したメガイベント終了後に、ジェームス・スキナー氏と記念撮影。

(右から)ジェームス・スキナー氏、シェリル・コパード氏、エドウィン・コパード氏、弊社創業者・賀集美和。

 

2007年より、株式会社エドウィン・コパード・ジャパン(ECJ)主催による『エドウィン・コパード6日間コース』(14名限定のプレミアムコース)は、カナダ・トフィーノを中心に10回開催した実績を持つ。

 

2017年より、『影響力のスイッチを入れるボディヴォイス講座』の技術顧問に就任する。

 

 


 

 

エドウィン・コパード氏とECJの関わり

 

 

私たちのムーブメントは、1983年から世界30ヵ国で75000人以上の人々に親しまれてきました。日本では2007年に株式会社エドウィン・コパード・ジャパン(ECJ)が創立。後述するように多くのセミナーが開催されてきました。

 

ウッディで緑ゆたかな会場選び、笑いと涙の絶えないコース、時にオーガニックな食べものを選んで食事会等々、明日への活力が湧いてくる楽しさいっぱいの仲間と。さあ、一緒にはじめましょう。

 

 

 

 

1968年

キング牧師がメンフィスで暗殺された1968年。カナダでプロミュージシャンとして、ヒットチャートに名を刻んでいた若きエドウィン・コパードは、当時ビートルズやビーチ・ボーイズが実践したことで世界的なムーブメントになっていたTM運動の中心人物、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの講演会に出かけました。当時交際していた、のちの妻シェリルに誘われたのです。町の公会堂でマハリシの話を直接聞いて賛同した彼は、TM超越瞑想の教師コースに参加。マハリシから直接手ほどきを受ける日々は、至福と発見の連続だったといいます。見事合格しTM超越瞑想の教師として教えはじめました。

 

エドウィン・コパードはイギリス生まれのカナダ人でしたが、目には見えない人の感情や意識など、東洋的な知識に強い関心を持っていました。のちに彼は、自らの開発したテクノロジーは、マハリシ・アーユルヴェーダの影響を強く受けたと語っています。

 

 

 

1977〜1982年

エドウィン・コパードはシアトルにいました。のちの彼に大きな影響を与えることになる先生に教わるためでした。トゥルーディー・バックラー先生は若き日、将来を嘱望されたオペラ歌手でした。世界三大テノールの1人、パバロッティが尊敬して止まなかったオペラ歌手ローザ・ポンセルに将来を嘱望され数少ない弟子入りを許されるほどの逸材でしたが、不幸にして交通事故により歌声はもとより身体の自由を奪われてしまいました。

 

しかし彼女の歌に対する情熱は尽きることはなく、アメリカ西海岸No.1の身体生理学者である夫と共に、自身の身体を使い、独自の理論とトレーニング方法を作り上げました。彼女は「身体全体が呼吸するのよ、呼吸は横隔膜だけでするのではないの」と、これまでの常識を覆すトレーニングの数々を彼に課しました。4年間トゥルーディー先生の元でみっちりと最新理論を学びハードな実践を積んだエドウィンは、声の身体的な側面について、トップランナーと言える技術を身につけたのです。

 

 

 

 

1983年

エドウィン・コパードはふと考えました。「なぜ、いつも同じように歌えないのだろう?」人間の声と心の関係をもっと探求したいと考えた彼は、近くにいる友人たちにセッションを提供し始めました。当時バンクーバーに住んでいた彼のセッションは瞬く間に評判となり、口コミで参加者がどんどん増えて何度も会場を代えたほどでした。

 

“Wake Up, and Sing!!”というスローガンを掲げたセッションは、若いビジネスマンから芸術家まで、あらゆる年代層や職業の支持を集めました。「頭がすっきりする」「とにかく元気になる」「夜まで集中力が持続する」

 

グーグルやフェイスブックがマインドフルネス(今この瞬間に完全な注意を向けた状態)に取り組むずっと前に、彼は情報の洪水が私たちの注意を散漫にするリスクへの対処方法を持っていました。

 

これまで常識だと思ってきた考え方では、社会問題の本質的な解決はなされないかもしれない。世界は革新的なアイデアを求めていました。時を同じくして、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が、地動説を支持したガリレオ・ガリレイに対する宗教裁判の誤りを認めるという歴史的なニュースが世界を駆け巡りました。昨日までの正解が、明日の正解とは限らない。時代の変化は激しさを増していました。

 

 

 

 

1990年

当時ハワイに住んでいたエドウィン・コパードは、クライアントの1人からとても熱心にあるセミナーに参加することを勧められます。彼のセッションとの相性がすごくいいはずだと言うのです。それが、今やエドウィン・コパードの代名詞とも言える「元型」との出会いでした。

 

ロバート・モアとダグラス・ジレット両氏による元型についてのセミナーは、彼に講師としての大きな飛躍を決定づけました。音楽的な背景、人間の声と生理学の知識を統合したこれまでのセッションの実績が認められ、世界No.1コーチと呼ばれるアンソニー・ロビンズ氏から声がかかるようになるのです。

 

 

 

 

1992年〜2004年

それから12年間、彼は毎年Life Masteryという8日間4000名の参加者が世界中から集まってくるセミナーに登壇するようになります。期間中は毎日大舞台に上がり、また膨大な数の個人セッションに対応しました。

 

2001年、ハワイで開催されていたLife Masteryでは、期間中にアメリカ同時多発テロが発生。参加者の中にはアメリカを始め、イスラム圏を含む世界中から人が集まっていました。絶望と、文化や民族間の確執が激しく立ち現れる中、アンソニー・ロビンズは登壇前、エドウィンに言いました。「これから元型を使う。手に負えなくなったらあなたを呼ぶかもしれない」マスターとしてどのくらい頼りにされていたかを物語るエピソードですね。(この時の模様はYouTubeで公開されています↓↓↓)

 

 

 

 

2004年〜

2004年以降、毎年のように日本でのセミナーにゲスト登壇していた彼は、賀集美和と運命の出会いを果たします。2007年、賀集により株式会社エドウィン・コパード・ジャパン創立。日本のクライアントにもサービスとアフターフォローができる体制が徐々に整ってきました。2007年〜2015年にエドウィン・コパード6日間コースは、カナダ・トフィーノを中心に10回開催。エドウィン・ファミリーと呼ばれる仲間がどんどん増えて、影響力を発揮するリーダーの輪は自然と広がっていきました。

 

 

 

 

2017年〜

 

エドウィン・コパード氏を技術顧問に招聘。長年の懸案だったエドウィン・コパード氏の指導内容を体系化することに成功し、専門家チームの協力を得て『影響力のスイッチを入れるボディヴォイス講座』を開発。11月にはパートナー講師養成講座をスタートしました。

 

 

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